アカハラに悩む女性

アカハラ(アカデミックハラスメント)とは、大学など教育研究を行う学術機関にて発生するハラスメントのことです。

ちなみにハラスメント(Harassment)とは、相手を不快にさせたり、相手の人間としての尊厳を傷づけたり、脅したりするような行為を指し、いわゆる「いじめ」や「嫌がらせ」と同じ意味です。

加害者にハラスメントをする意図がなくても、被害者が不快な感情を抱けばハラスメントは成立します。

特にアカハラの場合、他のハラスメントよりも「無自覚」であることが多いです。
それはどうしてなのでしょうか。

そこで今回は、この「無自覚」というキーワードにスポットを当てながら、どうしてアカハラ対策は進まないのかのかについて考察し、未然に防ぐために打つべき対策について考えていきます。

そもそもアカハラとは何か

アカハラは、アカデミックハラスメントを略した言葉です。

大学院や公的な研究所など、教育・研究活動を行う学術機関において、教育・研究上の上下関係を背景に、下の人に対して精神的・身体的な苦痛や実質的な不利益を与えることを意味しています。
従って、多くの場合はパワハラ(パワーハラスメント)になりますが、内容を詳しく見てみると、モラハラ(モラルハラスメント)やラブハラ(ラブハラスメント)、マタハラ(マタニティーハラスメント)に当たるケースも多く発生しています。

モラハラとは

精神的な攻撃を目的として過度な叱責を行う行為です。
根底には、「自分の思考・研究手法が唯一無二で正しい」という考え方に基づいており、相手を全面的に否定し、相手の話に全く耳を貸さないことが特徴です。
自分の地位を脅かす危険な存在だと認識しハラスメントを行う場合がありますが、この場合は自覚があり、悪意が強いため、重大な事案になってしまう可能性が極めて高くなります。

ラブハラとは

恋愛に関する話題を執拗に振って、不快な思いをさせる行為です。
加害者はコミュニケーションの一環として「彼氏いるの?」であるとか、「デートはどんなところに行くの?」といった質問を行い、恋愛に関して執拗に詮索する行為を繰り返します。
年齢差が親子くらいになる教授と生徒の間に起こりやすいのが特徴です。

マタハラとは

妊娠や出産、子育てをきっかけに、ある程度の時間を教育・研究以外に割く必要が発生したことを機に、職場で精神的・肉体的な嫌がらせをしたり、ポジション剝奪など不利益な扱いをしたりする行為です。
男尊女卑の考え方や、研究には全てを捧げなければならないといった精神論が根強く残っていることが影響しているわけですが、マタハラは労働基準法や男女雇用機会均等法、育児休業法に違反する行為であることを忘れてはいけません。

⇒こちらもチェック!職場で起こりえるハラスメントの種類と対策方法

その行為は教育(指導)なのか?それともハラスメントなのか?

教授と学生、指導教員と研究者など、教育(指導)する側と教育(指導)される側の立場がはっきりしている点が、民間企業などとの大きな違いです。

教育(指導)する側は、単位や博士号などの学位を認定したりする権限を有し、また所属学会などでの影響力を持っています。
従って、教育(指導)される側は教育(指導)する側の力の及ぶ領域内では逆らうことが出来ません。

そういった圧倒的優位な立ち位置にいる側の行為は、全てハラスメントと隣り合わせであるということを自覚し、常に相手の気持ちを推し量ってあげる必要があります。

しかし人は、権力を所持するとその権力を使いたくなり、他人を自分の思い通りに動かしたいと思うようになります。
その結果として、アカデミックハラスメントが横行してしまうわけです。

パワハラと教育(指導)との違いについてまとめると、下記のような違いが見えてきます。

ハラスメント 指導
業務上の必要性 業務を遂行する上での必然性はなく、個人的な感情で行われる 業務を円滑に遂行する上で、必要となる技術・スキルの向上を即す場合に実行される
実行されるタイミング 過去のミス・失敗について繰り返し言及する。相手の気持ち・感情を考慮しない 指導が必要な事象が発生した場面ですぐに伝えるか、精神的に受け入れる準備が整ったタイミング
上位者の目的 上位者が下位者に実施してほしいことをやらせるための命令(自分の利益を最優先) 相手の技術・スキルなどの成長を助ける(相手の利益と組織の目的達成を優先)
上位者の態度 相手に対し、威圧的で攻撃的な態度をとる。常に相手を批判的な視点で否定する まずは一旦受容し、見守る姿勢を取る。肯定的な立場であることを自然に表現する
上位者の深層心理 自分が現在の地位に居続けるために、自分より秀でる者(才能)を極端に嫌う。出る杭は打つ 人類への貢献、学問の発展、組織の成長のために自分の持っていることは全て相手に伝えたい
下位者の感情 不安感や嫌悪感を常に抱いているが、支配されており、自由にふるまうことができない 安心感や好意的な心情を基本として、適度な緊張感の中でのびのびとふるまうことができる
その後の影響 下位者が委縮してしまい、成長が止まる。組織全体の発展が期待できない。退職リスクが高まる 組織や職場に活気が生まれ、成長意欲を持ち、積極性や責任感を持った行動が醸成される

「先輩の研究者として厳しい指導をするのが当たり前」と考えるのは間違っているわけではありませんが、だからといってどのような指導方法も許される訳ではありません。

相手の成長を促す指導なのであれば、相手に対しての思いやりの心、そして一般的な倫理観(コンプライアンスへの意識)の上で接することが前提となります。

しかし、組織的に優位的地位にある人や権力のある人の中には、相手を自分の思いどおりに動かしたいという気持ちになったり、自分の地位を脅かす人を排除したいと考えるようになる人がいるのです。

ハラスメントと指導との明確な違いは、このような考え方をもっているかどうかで判断することができます。そこに自覚があるかないかは関係ありません。

まず組織全体がその違いを理解すべきです。
そうしなければ組織全体にハラスメントが蔓延することを防ぐことは出来ません。

知識不足は研修などで解消できることですので、最低限行うべき解決方法です。
もし対応できていないのであれば、すぐに取り掛かってください。

おすすめのハラスメント研修

ハラスメント研修

ハラスメントは現在70を超える種類が存在しています。ハラスメントを起こさない、起こさせないために、企業全体でハラスメント研修を通して正しい知識と行動喚起を進めていくことが大切です。


なぜアカハラはなくならないのか

アカハラがなくならない理由は、下記の3点が大きく影響しています。

・教授会と組織運営(大学職員など)が分かれており、チェック機能が働かない
・研究者の価値は研究成果で決まるのであり、教育(指導)力は問われない
・加害者は所属組織だけでなく、広く学会全体に権力を所持している

それぞれについて考察していきます。

大学改革後も影響力を持つ教授会の存在

この記事を読んでいただいている方の多くは、大学など教育研究を行う学術機関の運営側の方でしょう。
おそらくは対策を打たなければならないことはわかっているのに、組織的な壁があり、対策が打てないことに悩んでいらっしゃるのではないかと推察いたします。

この問題を考えるうえで、教授会の存在を無視することはできません。

学校教育法第 93条において、「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない」と規定されていますが、「重要な事項」がどのような内容を指すのかは明記されていません。

5.教授会の役割の明確化
(1)教授会の審議事項の明確化
◯ 学校教育法第 93 条は,「大学には,重要な事項を審議するため,教授会を置かなければならない」と規定している31。同条に規定する「重要な事項」について,その内容が必ずしも明確でないため,国公立大学法人化まで適用されていた教育公務員特例法において,学部教授会が学部長選考や教員人事,勤務評定についての権限を認められていた頃の影響で,現在でも学部教授会の審議事項が大学の経営に関する事項まで広範に及んでおり,学長のリーダーシップを阻害しているとの指摘がある。
参考:文部科学省『資料3-3 大学のガバナンス改革の推進について(審議まとめ)(案)

そのために、現行制度では学長や理事長に最終決定権があるべき教員人事や勤務評定についても、教授会の権限が及んでいるケースがあります。

このことが、スキャンダルから身内を守ることにつながり、組織の自浄機能を妨げています。
現行制度に則った権力の所在を厳格にし、教授会が決定権を持っているような内部規則等があれば、見直しを行うべきです。

権力の存在する場所には必ず腐敗が存在し、その排除は人類が持つ永遠のテーマです。

例えば権力の象徴でもある「警察」では、自浄能力を高めるため平成12年に警察改革要綱を策定しています。
これにより、都道府県警察で監察を掌理する首席監察官は全て国家公安委員会が任命する地方警務官となり、監察担当官は増員されました。
現在では、国家公安委員会が定める監察に関する規則に基づき、能率的な運営及び規律の保持のため、厳正な監察が実施されています。

参考:警察庁『第5章 公安委員会制度と警察活動の支え

ハラスメントは、相互の監視体制が機能していることを意識できていないと抑止が出来ません。
仮に教授会の権限まで踏み込めなかったとしても、監視体制の強化はできますので、あきらめずに取り組みましょう。

大学は研究機関なのか、それとも教育機関なのか?

文部科学省が平成17年1月28日に行った中央教育審議会において、新時代における高等教育機関の在り方に対する指針が示されました。

その際、「助教授」職は廃止となり、「学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する」ことを主たる職務とする「准教授」が設けられました。
そして、主たる授業科目は原則として専任の教授または准教授が担当することと定めています。

しかし、大学組織の頂点である教授の多くは、自分たちのことを教育者として認識するのではなく、研究者であると認識しています

新しい指針には、博士課程において、確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学職員を養成することや、そのために体系的な教育課程を編成する必要があると定めてられています。
しかし、教育を行うという自覚がなければ、充分に実行されません。

実際には、それぞれの研究室に教育方法は委ねられているため、教授が関わっている研究が最優先されて、教育を受けることなく、助手としての役割を担うことになってしまいます。

このように、ハラスメントの加害者は教育するという意識がなく、自分の駒のように動いてくれることを望んでいるわけです。
博士課程に進学する学生は自らを成長に導いてほしくて研究室に参画しているわけですから、そこに意識のミスマッチが生じます。

そして意識のミスマッチは、ハラスメントの温床になっていくわけです。

参考:文部科学省『第3章 新時代における高等教育機関の在り方

加害者は広く学会などにも影響力を持っている

民間企業の場合、ハラスメントが発生してしまったとしても、転勤など部署異動などを行うことが出来るので、加害者と被害者との人間関係を断ち切ることができます。

もし部署移動が出来ないような小さな会社であったとしたら、転職して会社を変えることで断ち切ることができます。
つまり、被害者の意志でハラスメントを受けている環境から脱する手段があります。

しかし大学など教育研究を行う学術機関の場合、所属組織が変わったとしても、研究分野を変えなければ、被害者は加害者に学会などで遭遇することとなり、人間関係を断ち切ることが出来ません。

さらに権威・権力のある人の場合、その研究分野に関わっている人全てに影響力を持っています。
従って、権威・権力のある人に逆らうことは、その研究分野では生きていくことができないことを意味します

自分が取り組んできた研究分野から移りたくなければ、例えハラスメントを受けていたとしても我慢するしかありません。
告発すれば人間関係を断ち切ることはできますが、同時に研究者生命をも断たれることになるからです。

被害者であるにも関わらず「告発できない」「告発したくない」という心理状況に追い込まれてしまいます。
これが、アカハラがなかなか表面化せずに深刻化しやすい最大の理由です。

アカハラを放置してはいけない法律的根拠

組織を越えて監視体制の強化を図るためには、確固とした理由が必要となりますが、雇用者側の責務として法的根拠が存在しますので、組織・制度整備の際にはぜひ活用してください。

労働安全衛生法において快適な職場環境の形成のための指針が示されており、雇用者側がハラスメントを抑止するための努力を怠った場合、法律違反となります。

労働安全衛生法

【労働安全衛生法第七十一条の二】
労働者の安全と健康を確保し、快適な職場環境をつくることを目的とする労働安全衛生法では、次のように定めています。

事業者は、事業場における安全衛生の水準の向上を図るため、次の措置を継続的かつ計画的に講ずることにより、快適な職場環境を形成するように努めなければならない。
一 作業環境を快適な状態に維持管理するための措置
二 労働者の従事する作業について、その方法を改善するための措置
三 作業に従事することによる労働者の疲労を回復するための施設又は設備の設置又は整備
四 前三号に掲げるもののほか、快適な職場環境を形成するため必要な措置
参考:労働安全衛生法 | e-Gov法令検索

研究者である前に労働者である、という認識から理解を深める必要があります。
その上で、ハラスメントにつながりやすい労働基準法や労働契約法、育児介護休業法、男女雇用機会均等法についても理解を深める必要があります。

また、精神的に追い詰めて退職するように迫ったりした場合などは、強要罪にあたる可能性も出てきます。
こうなってしまうと、法令違反に留まらず、もはや立派な犯罪です。

参考:刑法 | e-Gov法令検索

ハラスメントの多くは加害者が無自覚の状態で行われているので、こうした法的根拠を組織内に浸透させるだけでも充分に抑止効果は期待できます。

アカハラを受けてしまった時の対処法

アカハラ相談室の案内
アカハラは逃げ場のない状況に陥り、精神的に追い詰められることが多く、深刻な健康被害に直結してしまいます。

ハラスメントを受けているのではないかと感じたら、各機関の相談窓口にすぐに連絡するようにしましょう。

例えば大阪大学では、ハラスメント相談室を設置し、『専門相談員(カウンセラー)』が相談にのる体制を整えています。
大阪大学公式サイト
参考:大阪大学『ハラスメントの防止等

皆様が所属している組織には、個人情報保護を順守し、加害者に相談したことが漏れないような体制を整えた相談窓口が設置されていると思います。

報復などが心配なのであれば、まずは匿名で相談してみると良いです。
どのような体制が整っているのかを確認し、安心できる精神状態になった後、正式に相談してみてください。

困っている問題を解決したい場合、まずは身近な人から相談し始めると思いますが、アカハラの場合は避けたほうが良いです

同じ組織内にいる身近な人は、ほぼすべて加害者との関係性も深く、上下関係が発生しており、守秘義務が破られる可能性が高いからです。

極力、公的な組織(深刻な場合は弁護士)に最初から相談するようにしてください。

少しでもアカハラの発生を防ぐために

大学など教育研究を行う学術機関に在籍している方のほとんどがハラスメントを行っているような印象の記事になってしまいましたが、決してそうではありません。

ほとんどの方が国の将来を考え、真摯に業務を遂行されており、であるが故に発生してしまう場合も多々あります。

つまり、アカハラはその特殊性が故に、良かれと思って行った行為がハラスメントに発展しやすく、また一度発展してしまうと深刻な問題になるケースが多いのです。

発生すること自体を防ぐことは難しいですが、問題に対し、自浄作用のある組織か否かが、持続可能な組織であり続けられるかどうかのポイントです。

もし貴方が自分の所属している組織でハラスメントが発生しないように対策を打つ立場にあるのだとしたら、まずは下記の項目から取り組んでみてください。

・組織に所属する全職員に対するハラスメント教育の徹底
・新入学生に対するハラスメント授業の実施
・教員同志が相互に監視できる体制とルールの整備
・被害者が気軽に相談できるルートの設置

国や文部科学省も問題意識を持って取り組んでいますので、特に制度改革などには連携しながら対応してください。

[chat face="kazusanuchisan.jpeg" name="筆者から一言" align="left" border="red" bg="red"] 組織に所属する全職員に対するハラスメント教育の徹底には企業研修の導入をおすすめします。昔の運動部のしごきが現代ではいじめと認定されるように、昭和の人たちは何がハラスメントになるのかさえ分かっていないのが問題です。彼らは権威に弱いですから、大学事務の人からの説明では聞こうとしないでしょう。しかるべき立場の人からの講義となると聞く耳を持つはずです。[/chat]
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ハラスメント研修

ハラスメントは現在70を超える種類が存在しています。ハラスメントを起こさない、起こさせないために、企業全体でハラスメント研修を通して正しい知識と行動喚起を進めていくことが大切です。


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